仕事用携帯が鳴った。
電話の相手は以前契約を担当したお客様だ。
厳密にいえば「契約者の義父」。
私は契約者本人には一度もお会いしたことがない。というのも、本人は腎臓に疾患を持っているうえに視力もほぼない、障害者手帳をお持ちの生活保護を受給されてる方で、契約時は入院中だったのだ。
この義父の方が物件選びや契約書のやりとりなどをしていた。
契約者の退院後の棲み家を用意していたのだが、コロナ禍であったり、病状の変化などから、なかなか退院できない状態だった。
そしてこの度の電話。
契約者死去の報せだった。
契約から一月半のできごと。
契約は開始しているものの、実際には入居はしておらず、荷物を少し運び込んでるだけ。
荷物はすぐにでも運び出すから、解約にかかる費用を少しでもなんとかしてもらえないだろうか、という相談。
本人が生活保護受給者なのはもちろん、その家族も高齢なうえ、そんなに収入もないという。葬式のための出費に加え、本人死亡で生活保護の支給も即日停止で、賃貸契約解除に使えるお金がないらしい。
お客様に対峙する私としては、気持ちや状況はとても理解できるし、なんとか力になれればと思った。
通常、賃貸契約では「契約解除は1ヶ月前予告」と「退去は月割り」が決められている。
今回でいうなら、契約解除できるのは7月末となる。そこを6月末で契約解除としてほしいという相談。荷物は運び込んではいるものの実際には一度も住んでないのだし、その荷物もすぐに運び出すという。
本人死亡のうえ生活保護も即日停止とあれば、理解できない相談ではない。なので上司に掛け合おうと話したところ「契約書通りで」の一言で一蹴。
そこで改めて契約書を確認したところ、やはり「1ヶ月前予告&退去時月割り」なうえ、早期解約違約の条項もあった。1年未満での契約解除は賃料2ヶ月分の違約金がかかるというもの。
頭を抱えた。
これをお客様にどう伝えるか…私自身は事情が事情なので、せめて違約金部分だけでも免除できればと思いながら、「契約書通り」という会社の判断を伝えなければならない。
もちろん家主の利益も確保しなくてはならないのも現実なのだが、そちらばかり優先するのはいかがなものかと思う。
困っている人に鞭を打つようなことをすれば、いずれそれが巡ってくるのではないか?会社とは社会のため、人のためにあるべきではないか?と思う。
こんなことを言うと「綺麗事だ」と思う人もいるかもしれないが、因果応報という言葉もあるし、情けは人の為ならずというのもある。
「誰かのために」は結果「自分のため」でもあるはずだ。なのに一考の余地もないなんて納得がいかない。
せめて「自分で家主に交渉して」なら納得できるが、その権利も与えられず、お客様に対峙するしかないなんて…。
そんな気持ちを胸にお客様に電話をし、会社の意向を伝える。
当然、お客様からは「なんとかしてほしい」と懇願される。
私は「なんとかしてあげたい」と思うが「なんともしてあげられない」ことを伝えるしかない。
心が痛む。
が、それ以上に腹立たしくなる。
お客様にも会社にも。
契約を交わしているにも拘らず、契約書の内容そのものに納得がいかないという態度を示してきたり、「社長に直談判」や「何とかしてくれたら、いずれそちらの会社に利益をもたらす」などと言い出してきた。
本当に困っての発言なのはよくわかるが、あまりに自分本位すぎやしないか?
契約内容を踏まえたうえでの折り合い点を探るのではなく、「お金がないから全く払わなくていいようにしてくれ!」という主張なのだ。
そのために「社長に直談判」というルール違反をしようとしたり、「何とかしてくれたら、いずれそちらの会社に利益をもたらす」みたいな不確定な交換条件を持ち出すなんて。
善行は巡り巡っていずれ返ってくると思うし、逆もまた然り。なので、目先の利益を優先するのではなく、長期的に見てどちらが会社にとってプラスになるかを考える必要があるのだけど、それを交渉する側が持ち出してくるなんて、「何とかしてくれないと悪評を広めるぞ」というある種の「脅し」である。
そして今後どうなるかもわかる。
お客様が乗り込んできて、窓口で騒ぐ。
困っている下っ端の後ろから上司が颯爽と登場。
「お困りなのはよくわかります。私が何とかしましょう」と菩薩のごとき笑顔でお客様をなだめ、違約金2か月分を1か月分に減額したり、7月末の契約解除を6月末にしたりという、通常の着地点を「私の力で特別に」と提案し、お客様が感謝する。
こんなとこだろう。
お客様は「直接話に来てよかった。やっぱり下っ端と話してもダメだな」と思うだろう。
上司は「あの程度の客もあしらえなくてどうするんだ」としたり顔でいうに違いない。
自分が英雄になるために部下を八方塞の状況にしているのはバレバレなんだけど、その茶番に付き合わされるしかないなんて、ホントに馬鹿馬鹿しくてやってられない(-_-メ)
これがこの会社の評判を上げるための手法なんだろうな。
とりあえず現状、役を粛々とこなすしかないんだな。
まぁ、やるか。